日本で街頭でのヘイトスピーチ(差別扇動)が近年社会問題となっています。しかし日本で特に深刻なのは、国会・地方議員や公務員をはじめとした公人が公然とヘイトスピーチや歴史否定/修正主義(*1)を含むレイシズムを行い、市民社会の差別を強く助長・煽動していることです。
一般的に国や行政が行う差別や政治家はじめとした公人によるレイシズムは、市民によるヘイトスピーチよりはるかに強力に、市民社会のレイシズムに正当性を与え、差別煽動効果を発揮することが欧米の研究で知られています(*2)。これに関連して、日本も95年に批准した人種差別撤廃条約にはレイシズム煽動の法規制を義務付けた第4条(*3)の(c)で「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」と規定しています。また国連人種差別撤廃員会の一般的勧告35「ヘイトスピーチと闘う」でも、「公の当局または機関から発せられる」レイシズム発言「特に懸念すべき」と明記した上で、「特に上級の公人によるものとされる発言」に警戒すべきとされています(*4)。
しかし日本政府は政治家はじめ公人のヘイトスピーチ・レイシズムに対して何の対処もしてきませんでした。例えば2001年3月に国連人種差別撤廃委員会が石原慎太郎都知事(当時)のヘイトスピーチ(*5)を、「差別的な発言」と判断し同条約4条(c)違反であると厳しく勧告しましたが、日本政府はこの勧告を無視し続けています(*6)。
頻発する市民のヘイトスピーチをなくすためにも、強力な差別煽動効果を持つ政治家はじめ公人によるヘイトスピーチ・レイシズムを継続的に監視し、差別の証拠を記録・蓄積し、それを広く公開することが必要です。さらに差別禁止法のない日本では差別の存在を立証する責任が不当にもマイノリティや市民の側に負わされているのですが、本来は欧米で常識となっているように政治家はじめ公人の側こそ「自分がレイシストではない」「歴史否定論者ではない」ことを立証する責任を負っているはずです。そのためにも責任ある公人の発言/行為のうち、人種差別撤廃条約に抵触する疑いのあるものについては、なるべく網羅した形で広く情報を発信してゆくことに大きな公益性があると考え、本データベースを公開することにしました。
[1] エリック・ブライシュは『ヘイトスピーチ』(明石書店)の中でホロコースト否定を明確にヘイトスピーチとして数えている。さらに明戸隆浩は「訳者解説」の中で 「このタイプの言論がホロコースト否定という特定の文脈に依拠した言論にとどまるものではなく、より普遍的な形でヘイトスピーチの一類型をなしていることを指摘したい」(p283)としており、ブライシュが指摘する①「露骨に是認したり、賛美したり、正当化」、②「過少化ないし極小化」、③「露骨なホロコースト否定」というホロコースト否定の三類型を、「人道に対する犯罪や戦争犯罪など、ジェノサイドに準ずるものにも拡張可能だということである」としている。本データべースは歴史否定/修正主義が強力な差別煽動を有することに鑑みこれをレイシズムに含め積極的に収集・公開している。 [2] ミシェル・ヴィヴィオルカ『レイシズムの変貌』(明石書店)は次のように指摘している。まず政治以前のレイシズム暴力についても「レイシズムの色彩を帯びた言説が禁止されずに流布することや、レイシズム・イデオロギーを多少なりともあからさまに標榜する政党が存在することによって、レイシズムに一種の正当性が与えられ、それが暴力の行方を左右する」(p86)。そして「レイシズムが政治空間に組み込まれると、レイシズムへの動員に新たな展望が開けるという意味で、レイシズムの政治・制度レベルへの到達は決定的となる。それによってレイシズムを主張する言動が合法化され、既存の政党や制度の資源が導入され、知的空間にも新たな使命が生まれる。したがって政治・制度レベルへの到達は、もはや次元が変わるというだけでなく、一つの飛躍であり、それが最大限に実行されると、南アのアパルトヘイトのように社会を人種別に構築するプロセスや、ナチスのようにマイノリティを差異化し、破壊するプロセスが生まれる。だからこそ民主主義国家で、レイシズムが制度や政治に浸透しはじめた際には、その動向に細心の注意をはらわなければならない。」(p102) [3] 「締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は 行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する 」(第4条) [4] 同パラグラフ16「委員会は、本条約が保護する集団に対して否定的な風潮をつくりだす政治家および他の世論形成者の役割に常に注意を喚起しており、そのような人や団体に異文化間理解と調和の促進に向けた積極的アプローチをとるよう促してきた。委員会は、政治問題における言論の自由の特段の重要性を認めるが、その行使に特段の義務と責任が伴うことも認識している。」
同パラグラフ22「公の当局または機関に関する第4条(c)のもとにおいて、そのような当局または機関から発せられる人種主義的表現、特に上級の公人によるものとされる発言を、委員会は特に懸念すべきものと判断する。公人および公人でない者に適用される第4条(a)および(b)のサブ・パラグラフにあげられる犯罪の適用を妨げるものではないが、冒頭に言及される「迅速かつ積極的な措置」は、適切な場合は、職務から解くことなどの懲戒的な措置、ならびに被害者への効果的な救済をさらに含みうる。 」
[5] 2000年4月9日に陸上自衛隊第一師団の創設記念式典挨拶で石原慎太郎都知事(当時)は「今日…不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪犯罪を繰り返し」「大きな災害が起こった時には大きな騒擾事件すら想定される」ので陸自が出動、治安維持を遂行してほしい、等と発言し国際的批判を浴びた。 [6] この勧告は石原のヘイトスピーチだけでなく、一年以上もこの重大な差別煽動を日本政府が放置し、何等の法的措置も取らなかったことをも条約違反として厳しく勧告したものである。日本政府は事件後の2000年4月19日に衆議院外務委員会で藤田幸久議員が「人種差別撤廃条約第四条(c)に違反しているのではないか」との質問を行い、河野洋平外務大臣が4条(c)に抵触するか否か判断しなければならないと答弁した。だがその後、意図を持たず行われた場合には条約違反にならない、との独自解釈を日本政府が作り出し、石原の都議会民主党幹部に宛てた4月19日付文書「今後とも差別意識の解消と人権施策の推進に積極的に務める」と表明したことをもって、石原の差別助長・煽動の意図がなかったと判断した。これは日本における人種差別撤廃条約の効果を著しく貶める結果を招いた。(岡本雅享編『日本の民族差別』) [7] この勧告は石原のヘイトスピーチだけでなく、一年以上もこの重大な差別煽動を日本政府が放置し、何等の法的措置も取らなかったことをも条約違反として厳しく勧告したものである。日本政府は事件後の2000年4月19日に衆議院外務委員会で藤田幸久議員が「人種差別撤廃条約第四条(c)に違反しているのではないか」との質問を行い、河野洋平外務大臣が4条(c)に抵触するか否か判断しなければならないと答弁した。だがその後、意図を持たず行われた場合には条約違反にならない、との独自解釈を日本政府が作り出し、石原の都議会民主党幹部に宛てた4月19日付文書「今後とも差別意識の解消と人権施策の推進に積極的に務める」と表明したことをもって、石原の差別助長・煽動の意図がなかったと判断した。これは日本における人種差別撤廃条約の効果を著しく貶める結果を招いた。(岡本雅享編『日本の民族差別』)