2018年12月30日、鈴木信行 「お正月を前に、火病韓国からまた反日病原菌が拡散された。韓国は反日の発信源と
2018年12月30日、鈴木信行 「お正月を前に、火病韓国からまた反日病原菌が拡散された。韓国は反日の発信源と
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発言内容 | お正月を前に、火病韓国からまた反日病原菌が拡散された。韓国は反日の発信源となったのだ。
フィリピン・ラグナ州のサンペドロ市で、年末迫る28日に、戦地で働いていた慰安婦を象徴する「平和の少女像」の除幕式が行われた。
火病韓国から忠清北道提川市の前市長、李根圭氏が伝えている。
少女像の設置は昨年9月にサンペドロ市長が提川市の少女像を訪問した際に、サンペドロ市側が提案して推進されたそうだ。
除幕式には李前市長のほか、「平和の少女像」を製作した金曙炅キム・ソギョンさん(妻)、キム・ウンソンさん金運成(彫刻家・夫)夫妻など韓国側の代表団8人が出席した。
またサンペドロ市長をはじめ地域の関係者など100人余りも出席した。
キム・ソギョンらが作った慰安婦像は、ソウルの日本大使館前に設置されている悪名高き慰安婦像だ。
この慰安婦像は在韓米軍の装甲車に轢かれ犠牲者となった少女像として作られた三姉妹の内の一つが日本大使館前に設置された。
もう一つは日本国内に持ち込まれている。
残り一つも日本国内にあると金夫妻らは言っていたのだが、フィリピンに移動し設置したのかは現在不明である。慰安婦像の形は同じに見える。
三姉妹の内一つがフィリピンに移動したのならば、日本国内に隠されている慰安婦像は一体だけだ。
都内某有名大学内への設置は、「しんぶん国民」のスクープにより、在日学長の野望は断念したはずだが、油断はならない。
来年以降も監視していく所存だ。
李前市長は
「平和の少女像は怒りと憎しみを越え、女性の人権、社会的弱者に対する愛、人類の平和共存を望むわれわれ皆の念願」
「今回の平和の少女像の建立が韓国とフィリピンの友好増進と世界平和に寄与することを願う」と述べた。
サンペドロ市長は
「女性の人権と平和に対する希望が、サンペドロ市で光や塩のように大切な価値になるだろう」と話した。
フィリピンでは首都マニラにも慰安婦被害者を象徴する女性像があったが、日本側が撤去を強く要請した後、4月に撤去されている。
フィリピンは大東戦争最大の激戦地であり、マニラでは市街戦も展開された大激震地である。
当時のホセ・ラウレル大統領は大東会議に出席し、日本と共に米国に宣戦布告した大統領だ。
日本側戦死者約50万人は、シナ大陸での戦死者を上回る。
フィリピン人戦死者100万人を含めると、フィリピンでの戦闘が圧倒的で最大の戦死者を出した大激戦地であったことが分かる数字だ。
そのフィリピンは戦後の昭和29年に日本を東南アジアに復帰させるために東洋プロボクシング連盟に加盟させ発足させた。
2年後の昭和31年に日本とフィリピンは国交正常化を果たす。
マニラに設置されていた慰安婦像は、ドゥテルテ大統領の配慮でショベルカーにより一夜で撤去された。
日本とフィリピンの友好のためにも、サンペドロ市の慰安婦像が撤去されることを願う。
東南アジアと日本の友好にクサビを打ち込む韓国の憎き所業は、米国とchina中国の対フィリピン外交争いで、chinaの手先となり働く行為だ。
日本と米国にとって東南アジアの要害に地であるフィリピンとの友好は、東南アジア外交の戦略的要の地である。
歴史を利用するとは憎たらしいなぁ!
反日輸出国である火病韓国とchinaの所業を許すことはできない。
フィリピンを反日の拠点にさせてはならない。 |
発言者 | 鈴木信行 |
所属 | 葛飾区議会議員 |
所属団体 | 無所属 |
発言日時 | 2018/12/30 |
発言場所 | 鈴木信行 公式ブログ |
情報源 | 鈴木信行 公式ブログ 韓国がフィリピンにソウルと同じ慰安婦像設置!反日輸出国となった韓国に処罰が必要だ! |
掲載日時 | 2018/12/30 |
掲載元URL | https://ameblo.jp/ishinsya/entry-12429357293.html |
事後経過 | |
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補足・解説 | |