2017年4月24日、川東大了 「ある主張に対して、発言者の出自や思想信条によって評価を変える事こそが本質的な差別である。
2017年4月24日、川東大了 「ある主張に対して、発言者の出自や思想信条によって評価を変える事こそが本質的な差別である。
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antiracism-info
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発言内容 | ある主張に対して、発言者の出自や思想信条によって評価を変える事こそが本質的な差別である。
「私には夢がある、いつの日か私の子供達が肌の色や言語、宗教などではなく、人格そのもので評価される国に住むようになる事だ」である。
主張は、その主張内容でこそ評価されるべきである。
例えば、私が差別主義者、レイシストだとして、そのような私の発言であれば、その主張内容が如何なるものであっても、その主張は弾圧し公衆の耳目に触れさせてはならないとするのなら、正に「言論の自由」に対する真っ向からの否定である。
もっとも、世界はそのような国が大半であるがwww
ソ連も支那も北朝鮮も韓国も、学者や思想家が自由に自分の学術的研究結果を発表出来たり、思想信条を述べる自由など保障されていない。
異論はあると思うが、私はそれが「通常」であり、言論とは常にリスクが付きまとう危険なモノであるのが「通常」であると思っている。 |
発言者 | 川東大了 |
所属 | 大阪府枚方市議会議員立候補 |
所属団体 | 元維新政党・新風 |
発言日時 | 2017/4/24 |
発言場所 | Twitter |
情報源 | Twitter |
掲載日時 | 2017/4/24 |
掲載元URL | https://twitter.com/A0001595/status/856426987417509888 |
事後経過 | |
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補足・解説 | |