2016年7月27日、池田信夫 「高木健一が私に対して起こした訴訟の中で、吉田清治が「慰安婦狩り」を1982年に初めて
2016年7月27日、池田信夫 「高木健一が私に対して起こした訴訟の中で、吉田清治が「慰安婦狩り」を1982年に初めて
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antiracism-info
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発言内容 | 高木健一が私に対して起こした訴訟の中で、吉田清治が「慰安婦狩り」を1982年に初めて法廷で証言したことを高木は認めた。したがって「慰安婦の強制連行」というデマを世に出したのは、高木が事務局長として提起したサハリン韓国人帰国訴訟だったという重要な事実が確認された。
終戦直前にソ連軍がサハリンを占領したとき、現地に住んでいた日本人と朝鮮人を抑留した。当時、約4万人の朝鮮人がサハリンにいたが、ソ連と韓国は国交がなかったため、その帰還をめぐって各国政府や赤十字がソ連と交渉していた。
そのとき高木などが起こしたのがサハリン訴訟である。これは「日本軍が韓国人をサハリンに強制連行したので、彼らの帰国費用を日本政府が負担せよ」という請求だったが、そんな事実はない。朝鮮人は募集に応じてサハリンに渡り、彼らを抑留していたのはソ連なのだから、日本政府が受け入れを表明しても帰国できない。
この荒唐無稽な主張を裏づける証人として登場したのが「吉田清治」だった。これは彼の本名ではなく、国籍も不明だ(韓国人という説が強い)。彼は1982年9月30日にサハリン訴訟で、「済州島へ行って204人の若い女性を連行し、サハリンにも送った」と証言した。これが彼が「慰安婦の強制連行」という嘘(のちに吉田も認めた)を証言した最初である。
吉田は1977年に出した『朝鮮人慰安婦と日本人』という本では「韓国人をだまして慰安婦にした」と書き、サハリンの話は出てこないが、この訴訟で初めて慰安婦をサハリンに強制連行したと証言した。彼以外に同様の加害者証言は今日に至るまで一人もないので、これはサハリン訴訟の筋書きにあわせて弁護団が彼を誘導したものと思われる。
その証言が1983年の『私の戦争犯罪』という本で詳細に書かれ、それまで歴史に存在しなかった「慰安婦狩り」が騒がれ始めた。そして吉田の嘘を朝日新聞が報道し、日韓関係をめちゃくちゃにしたが、朝日は主犯ではない。この壮大な嘘を作り出したのは、高木が弁護人をつとめたサハリン訴訟だったのだ。 |
発言者 | 池田信夫 |
所属 | 青山学院大学非常勤講師 |
所属団体 | |
発言日時 | 2016/7/27 |
発言場所 | 池田信夫blog |
情報源 | 池田信夫blog |
掲載日時 | 2016/7/27 |
掲載元URL | http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51976111.html |
事後経過 | |
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補足・解説 | |