設立趣旨


いま、ヘイトスピーチ(差別煽動言論)が日本各地で大きな社会的注目を浴びています。

「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」
「在日朝鮮人をホロコーストしろ」
「慰安婦はウソツキだ」――。

これらは実際に各地の路上で叫ばれた実例のごく一部です。そこで行われているのはもはや差別やその煽動どころではありません。コリアン(朝鮮・韓国含む)という特定の民族をターゲットとする殺人とジェノサイド(大量虐殺・民族抹殺)を公然と煽動するほど、醜悪かつ危険な排外主義活動が各地で継続的に行われているのです。しかもそれら活動は警察の庇護のもと、かれらの目の前で堂々とまかりとおっています。これが「言論の自由」の濫用でなくてなんでしょうか。

これら極端な排外主義を公然と掲げた極右運動は2000年代後半から日本各地で頻発してきました。それらは日本政府・自治体によって野放しにされた結果着実にエスカレートしてゆきます。2007年には「在特会」(「在日特権を許さない市民の会」)なる名前自体が在日コリアンへの排外主義を煽るレイシスト団体が結成された後、2009年には埼玉県蕨市のフィリピン人一家や、京都朝鮮第一初級学校への襲撃事件など物理的暴力を伴う迫害行為に発展しました。それらは2012年以降、遂に東京・大久保や大阪・鶴橋などコリアンタウンと呼ばれる地域への迫害にまで行き着いたのです。

これらヘイトスピーチはじめ極右運動は、日本社会がまさに「差別の底が抜けた」状態であり、改めて日本のレイシズム(人種・民族差別)が極めて深刻なレベルまで深刻化していることが浮き彫りにしました。

一部の良心的な市民の活動によって、またそれを報じたメディアによって、一連の極右運動とそれが引き起こす差別問題はようやく2013年から、その年の流行語大賞トップテンにも入った「ヘイトスピーチ」という言葉を通じて社会問題化されるに至りました。各地で市民による街頭や訴訟を通じた抗議活動が行われ、コリアンタウンなどでの街宣の過激化やインターネットでの脅迫などに関しては一定の歯止めがかかるようになっています。また、2014年夏には国連自由権規約・人種差別撤廃条約委員会から強く包括的差別禁止法をつくるべきとの勧告が大きなニュースとして扱われ、同年末には京都朝鮮学校襲撃事件を「人種差別」と断じ1226万円の損害賠償と事実上民族教育権を保護法益に含めた画期的判決が最高裁で確定してもいます。

しかし残念ながらヘイトスピーチ頻発状況は全体としては止まらず、むしろ一部ではヘイトクライム(憎悪犯罪)が発生したり街宣が過激化・暴力化するなど、状況は刻々と深刻の度を深めています。

それはなぜでしょうか。ヘイトスピーチは近年突如噴出しているかのように見えますが、実は在日コリアンへの従来の民族差別や、戦前戦後日本の継続する植民地主義という文脈の中で発生しているものでもあります。

そもそも戦後日本には差別禁止法が存在しませんでした。それだけでなく人種差別撤廃条約が求めるレベルの反レイシズム政策はほぼ皆無と言っていいほどです。ヘイトスピーチは従来の民族差別が野放しにされてきた土壌から生まれたことは間違いありません。

さらに、90年代後半から台頭してきた、朝鮮植民地支配や旧日本軍性奴隷制(日本軍「慰安婦」)などをめぐる日本近現代史についての歴史否定(修正主義)の動きは、結果的に政治空間から市民社会の極右運動を「上から」煽動・助長する歴史的機能を果たしたとさえいえます。ドイツのような反ナチズムの規範さえ乏しい日本では、政府が歴史否定に関してはほとんど何ら積極的なアクションを取らず、市民社会はおろか政治空間でさえ事実上野放しにされたため、歴史否定の動きがむしろ安倍現首相はじめ極右的・保守議員が推進する形で政財官及び市民有志を広範に巻き込んだ形で極右排外主義活動を煽動する言説を拡散させることができたのでした。

つまりヘイトスピーチを抑制するには、戦後日本に欠けていた反レイシズム政策の成立と、歴史否定への対抗の両方が必要です。そしてどちらの課題にとっても不可欠なのが基本的な事実関係に関する情報発信です。

もはや待ったなしの情勢下で、頻発するヘイトスピーチと増大する日本のレイシズムをなくすために、私たちは若手研究者・NGO活動家・学生を主体とする、情報発信運動体を立ち上げました。

2015年3月21日